2008/10/16 南部さんは「米国の受賞者」文科省が公式文書での扱い決定 YOMIURI ONLINEより転載
南部さんは「米国の受賞者」文科省が公式文書での扱い決定
(2008年10月15日21時39分 読売新聞)
文部科学省は15日、今年のノーベル物理学賞の受賞が決まった米国籍の南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授(87)を、科学技術白書などの公式文書では、米国の受賞者として集計することを決めた。
これによって、日本国籍のノーベル賞受賞者数を15人とした。
同省は、これまで同白書などで、ノーベル賞受賞者の国別、分野別受賞者数を集計しているが、受賞時の国籍をもとにカウントしており、米国籍の南部さんの場合もこの基準に従った。
ただ、同省では「南部さんは、日本生まれで日本でも多くの研究業績を上げた。受賞理由の研究は、日本国籍時代のものであり、ほかの日本人受賞者と扱いは変わらない」と話している。
南部さんは、1950年代に渡米し、70年に米国籍を取得した。
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2008/10/13 ノーベル経済学賞にクルーグマン氏 他 @nifty.comより転載
ノーベル経済学賞にクルーグマン氏
2008年10月13日(月)20時58分配信 共同通信
【ストックホルム13日共同】
スウェーデンの王立科学アカデミーは13日、08年のノーベル経済学賞を米プリンストン大学のポール・クルーグマン教授に授与すると発表した。クルーグマン氏は、従来の貿易理論を刷新した功績が認められた。米国の経済学者の受賞は9年連続。クルーグマン氏は、エール大卒。マサチューセッツ工科大で博士号を取得。00年からプリンストン大教授。
ノーベル経済学賞は国際貿易論・クルーグマン教授
2008年10月13日(月)20時36分配信 読売新聞
【ロンドン=是枝智】
スウェーデン王立科学アカデミーは13日、2008年のノーベル経済学賞を、著名な経済学者である米プリンストン大学のポール・クルーグマン教授(55)に授与すると発表した。
賞金1000万スウェーデン・クローナ(約1億4000万円)が贈られる。
クルーグマン氏は国際貿易論が専門。
<ノーベル経済学賞>米のクルーグマン氏 新貿易理論の基礎
2008年10月13日(月)22時31分配信 毎日新聞
【ロンドン藤好陽太郎】
スウェーデン王立科学アカデミーは13日、08年のノーベル経済学賞を米国人でプリンストン大学のポール・クルーグマン教授(55)に授与すると発表した。規模が大きいほど生産性が高まる「収穫逓増」や「消費者の多様性への嗜好」などの概念を経済モデルに導入し、自由貿易とグローバル化の経済への影響を解き明かした「新貿易理論」「新経済地理学」の発展の基礎を作った。
クルーグマン氏はエール大卒、マサチューセッツ工科大で博士号を取得した。00年からプリンストン大教授。82年から83年までレーガン政権の経済諮問委員を務めたほか、ブッシュ政権批判の急先鋒(せんぽう)としても知られる。著書には「恐慌の罠−なぜ政策を間違えつづけるのか」「グローバル経済を動かす愚かな人々」などがある。
賞金は1000万クローナ(約1億4000万円)。授賞式は12月10日にストックホルムで行われる。
クルーグマン氏はエール大卒、マサチューセッツ工科大で博士号を取得した。00年からプリンストン大教授。82年から83年までレーガン政権の経済諮問委員を務めたほか、ブッシュ政権批判の急先鋒(せんぽう)としても知られる。著書には「恐慌の罠−なぜ政策を間違えつづけるのか」「グローバル経済を動かす愚かな人々」などがある。
賞金は1000万クローナ(約1億4000万円)。授賞式は12月10日にストックホルムで行われる。
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2008/10/9 下村氏にノーベル化学賞 クラゲの蛍光タンパク発見 生命科学に不可欠な道具 がん細胞追跡も可能に 日本人、連日の快挙 (1) 他 m3.comより転載
下村氏にノーベル化学賞 クラゲの蛍光タンパク発見 生命科学に不可欠な道具 がん細胞追跡も可能に 日本人、連日の快挙 (1) | ||||||||||||||||||||||||||
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2008/10/9 「光るたんぱく質」解明、想定外の応用がノーベル賞に asahi.comより転載
「光るたんぱく質」解明、想定外の応用がノーベル賞に
2008年10月9日2時21分 朝日新聞
生命の営みは、細胞の中のたんぱく質の働きを調べることでわかる。だが、顕微鏡でのぞいても、そのままではわからない。そこで、蛍光を出すGFPをくっつけて光らせることで、その振る舞いが調べられる。
GFPは、細胞が生きた状態で、特定の分子が細胞のどこに分布しているのかを示す。今では、ほかの技術と組み合わせ、分子同士の相互作用をリアルタイムでみられるようにもなった。
下村さんは当初、このような応用を想定していたわけではない。生物発光の仕組みを解明したいという純粋な好奇心から研究を続けてきた。GFPを研究の道具として利用する道筋は、ほかの研究者が見つけた。
科学の歴史を振り返ると、当初の目的とは違う展開になることはしばしばある。ノーベル化学賞を受賞した白川英樹さんも、最初から導電性プラスチックの発明を狙っていたわけではなく、分子が結合する仕組みの解明が目的だった。その途中で、偶然見つかった物質が、不思議な性質をもっていたことから、研究を発展させ、ノーベル賞につながった。
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2008/10/9 流しに捨てたらクラゲ光った 下村さん、発見までの格闘 asahi.comより転載
流しに捨てたらクラゲ光った 下村さん、発見までの格闘
2008年10月9日3時0分 朝日新聞

実験用にクラゲを切る機械=宮脇敦史さん提供

米ウッズホール海洋生物学研究所時代の下村脩さん=同研究所提供
下村さんは60年、氷川丸の最後の航海で太平洋を横断。フルブライト留学生として米国にわたった。
米プリンストン大のフランク・ジョンソン教授のもとで研究生となった。与えられた課題は、オワンクラゲの発光物質の抽出だった。その日から直径10センチほどのオワンクラゲとの格闘が始まった。場所は、西海岸ワシントン州のフライデーハーバー。大量に発生するので海の上を歩けるとさえいわれるほどだった。一方、子どもが採ってくると、1匹1セントで買い取ることもあった。
物質を抽出するためには、一時的に発光を止める方法を見つけないといけないが、それが見つからず、景色のよい海岸にすわったり、ボートに乗ったりして、1週間ほど考える日が続いたという。
あるとき、クラゲを絞った液を少しずつ酸性にしたらどうかとひらめいた。早速、実験室に戻って試した。少し酸性にすると発光が止まった。これを流しに捨てるとまた光る。流しに残っていた何かに反応したに違いない。こうして海水に含まれるカルシウムイオンが、発光に必要だとこの時、突き止めた。
数カ月後、この時の発光物質だけを純粋に分離することに成功し、イクオリンと名づけた。このイクオリンが出す青い光を受けて緑色に光って見えるのがGFPだった。
◇
下村さんは、京都に生まれ、51年に長崎薬専を卒業。就職できずに大学で手伝いをしていた55年、名古屋大に国内留学をすることになった。このとき、あいさつにいった故平田義正名誉教授(天然物有機化学)の研究室に入ることになった。
下村さんが「一番の恩師」と語るのが平田さんだ。そこで言い渡された研究テーマは、ウミホタルの発光物質ルシフェリンの精製だった。下村さんは、偶然、濃塩酸を使うと結晶化することを見付け、57年に、結晶をつくった。米国などの研究者が20年以上も努力していたにもかかわらず、下村さんは見事に実現。その手腕が買われて米国にわたったことが、大きな研究成果につながった。
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2008/10/9 同時にノーベル化学賞受賞の2氏 asahi.comより転載
同時にノーベル化学賞受賞の2氏
2008年10月8日23時56分 朝日新聞

ロジャー・チェン氏

マーティン・チャルフィー氏
ロジャー・チェン氏 52年米国生まれ。77年英ケンブリッジ大で博士号取得。89年から米カリフォルニア大サンディエゴ校教授。
マーティン・チャルフィー氏 47年生まれ。77年米ハーバード大で博士号取得。82年から米コロンビア大教授。
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2008/10/9 ノーベル化学賞に下村脩さん 蛍光たんぱく質を発見 asahi.comより転載
ノーベル化学賞に下村脩さん 蛍光たんぱく質を発見
2008年10月8日23時19分 朝日新聞

8日、米マサチューセッツ州の自宅でノーベル化学賞受賞の連絡を受けた後、電話で喜びを語る下村脩さん=AP

オワンクラゲが出す緑の光=下村脩さん提供

ノーベル化学賞の授賞理由になった緑色蛍光たんぱく質(GFP)。試験管のなかで光っている。名古屋大理学研究科の近藤孝男教授が紫外線をあてて見やすくし、報道陣に説明した=8日午後8時9分、名古屋大学、加藤丈朗撮影
スウェーデンの王立科学アカデミーは8日、今年のノーベル化学賞を米ウッズホール海洋生物学研究所・元上席研究員の下村脩(おさむ)さん(80)と米国の研究者2氏の計3人に贈ると発表した。下村さんは、オワンクラゲの発光の仕組みを解明する過程で、緑色蛍光たんぱく質(GFP)を分離し、その構造を解明した。GFPは、生命科学の研究で、細胞内で動く分子にくっつけて追跡する便利な「道具」として世界中の研究者に使われている。
日本人のノーベル賞受賞は7日発表の物理学賞の3人に続き16人目。2日連続の快挙となった。化学賞は02年の田中耕一・島津製作所フェローに続き5人目。授賞式は、12月10日にストックホルムである。賞金1千万スウェーデンクローナ(約1億4千万円)は下村さんと共同受賞者の3人で均等に分ける。
たんぱく分子は大きさがわずか10ナノメートル(ナノは10億分の1)程度と小さく、そのままでは光学顕微鏡で観察できない。そこで、特定のたんぱく分子にGFPをつけると、目印の電球のように光って見えるので、観察が可能になる。
下村さんは、発光する生物から発光物質を取り出し、その仕組みを研究してきた。1962年、オワンクラゲから、発光物質としてイクオリンというたんぱく質とGFPを取り出して発表した。70年代に、イクオリンがカルシウムと結合することで青く光り、そのエネルギーを使ってGFPが緑に光って見えることを解明した。採ったオワンクラゲは85万匹にのぼる。
90年代になり、米国の研究者によってGFPをつくる遺伝子がわかり、ほかのたんぱく質とくっつけて細胞に組み込む方法が開発された。
GFPはいまや学生からプロの研究者まで医学や生物学の実験で欠かせない道具となっている。たとえば、がんの転移を調べる動物実験で、あらかじめがん細胞にGFPを組み込んでおくと、転移先で蛍光色に光る。アルツハイマー病で神経細胞がどのように壊れていくのかや、インスリンを分泌する細胞が膵臓(すいぞう)でどのようにつくられるか、などの解明にも使われている。下村さんは、そのような応用は「当時まったく想定していなかった」と言う。
共同受賞者は米コロンビア大のマーティン・チャルフィー教授と米カリフォルニア大サンディエゴ校のロジャー・チェン教授。チャルフィー教授はGFPを実際に細胞内に入れ、光らせることに成功した。チェン教授は緑以外の色にも光るようにするなど、手法を発展させた。
◇
〈下村脩さんの略歴〉
1928年 京都府生まれ
51年 長崎医科大付属薬学専門部卒業
55年 名古屋大学理学部有機化学研究生
60年 米プリンストン大学研究員
63年 名古屋大助教授
65年 米プリンストン大上席研究員
81年 米ボストン大客員教授
82年 米ウッズホール海洋生物学研究所上席研究員
01年 自宅に研究室をつくり、研究を続ける
07年 朝日賞
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2008/10/9 3氏の著書、増刷へ 小林氏の本は「絶版」から復活 asahi.comより転載
3氏の著書、増刷へ 小林氏の本は「絶版」から復活
2008年10月8日11時31分 朝日新聞

急きょ重版が決まった小林誠さんの「消えた反物質」(左)、益川敏英さんの「現代の物質観とアインシュタインの夢」(右)。いまだに人気の南部陽一郎さんの「クォーク」(中央)
ノーベル物理学賞を受けた小林誠さんの著書が、再び書店に並ぶことになった。事実上、絶版状態だったが、出版元の講談社が増刷を決定。益川敏英さんと南部陽一郎さんの著書も増刷が決まった。
小林さんの著書は、97年に同社の一般向け科学新書「ブルーバックス」から出版された「消えた反物質」。編集を担当した堀越俊一さん(46)によると、小林さんは「一般書の執筆は初めての経験」と話していたという。
「CP対称性の破れ」を扱った難解な内容にもかかわらず2万部を売り上げた。しかし、その後は「重版未定」で、事実上、絶版状態にあった。
だが、ノーベル賞受賞で状況は一変。現在、ブルーバックス出版部長となった堀越さんは「この本を再び世に問えるまたとない機会」として、1万部の増刷を決めた。講談社には、8日朝から「ノーベル賞フェアをやりたい」という書店からの問い合わせが30件近く殺到している。
同じブルーバックスには、南部さんの著書「クォーク」もある。講談社の編集者だった柳田和哉さん(61)は78年「子どもの頃から興味のあった素粒子の話をぜひ書いてもらいたい」と、国際会議で来日していた南部さんに直訴。事前の約束はなかったが、南部さんはその場で快諾し、81年に出版にこぎつけた。
トップクォークの発見が報じられた90年代半ば、柳田さんが「役者がそろい、改訂のタイミングですね」と手紙を送ると、南部さんは即座にリライトし、98年に改訂版が出た。
「クォーク」は27年間で計11万部以上売れ、科学書の隠れたベストセラーになっている。今回の受賞で、さらに2万部が増刷されるという。2冊とも「金の帯」をつけて配本される予定。
また、岩波書店と丸善から出版されている益川さんの素粒子論の入門書も増刷が決まった。
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2008/10/9 湯川氏の遺産結実、混迷期に理論再構築 小林・益川両氏 asahi.comより転載
湯川氏の遺産結実、混迷期に理論再構築 小林・益川両氏
2008年10月8日8時0分 朝日新聞

67年ごろに撮影された益川敏英さん(左から2人目)と湯川秀樹さん(右端)。左端が益川さんの恩師の坂田昌一さん=名古屋大学理学部提供
頭脳のほかに「紙と鉛筆」があればできるといわれる素粒子理論の研究は、これまでも湯川秀樹博士と朝永振一郎博士という2人のノーベル賞受賞者を生んだ日本の「お家芸」だ。小林誠さん(64)と益川敏英さん(68)の「小林・益川理論」は、この伝統の上にたった鋭い直感と深い洞察が結実したものだった。
原子核は陽子と中性子でできているが、1932年に中性子の存在が確認された後、実験で新たな粒子が続々と見つかった。湯川博士が存在を予言した中間子の仲間も、相次いで発見された。
2人が研究者の道に足を踏み入れたのは、新粒子が見つかりすぎて、理論が混迷状態にあった60年代だった。
米国のマレー・ゲルマン博士らは64年、「クォーク」という基本粒子を提唱。陽子や中性子、中間子などの粒子はすべて、クォークの組み合わせでできていると考えた。世界中の研究者がこの「仮説」をもとに、理論の再構築に挑んだ。
こうした流れを受けて、2人が思いついたのは、素粒子の世界で起きる「対称性の破れ」を説明するためにはクォークが最低6種類は必要、という考えだった。ともに京都大理学部助手だった72年夏だった。
その後、日本の素粒子研究は、理論に加え、実験による実証研究でも力をつけていった。
小林・益川理論を裏付けたのは、米国のグループと、茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)だった。
そのKEKでは、7日午後7時40分ごろから記者会見が開かれた。鈴木厚人機構長や高崎史彦理事らが笑顔で握手を交わした。
鈴木機構長は「興奮する以上に喜ばしい」。3人同時の受賞は予想していなかったという。「小林さん、益川さんの理論は、当初は(数ある)理論の一つだったが、実験結果が出るにつれて重みが増し、日本の実験結果がだめ押しとなってゆるぎないものになった」と話した。
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2008/10/9 「対称性の破れ」鮮やかに説明 受賞3人の業績 asahi.comより転載
「対称性の破れ」鮮やかに説明 受賞3人の業績
2008年10月8日7時5分 朝日新聞
小林さんと益川さんが説明した「CP対称性の破れ」は、物質を形づくる「粒子」と、性質がさかさまの「反粒子」が、本来は対等であるはずなのに、崩壊のしかたが厳密には対等でなくなる現象を指している。64年に、米国の実験で「破れ」が発見されていたが、うまく説明する理論がなかなか現れなかった。
CP対称性のCは電荷(チャージ)、Pは偶奇性(パリティー)を表す。偶奇性とは空間が示す対称性のひとつで、物理現象を鏡に映した状態にひっくり返すこと。これらをひっくり返しても性質が変わらないことをCP対称性があるとする。しかし実際にはCP対称性は破れている。
小林・益川理論では、CP対称性が破れるためには、それまでは4種類と考えられていたクォークを6種類にする、という枠組みを導入した。クォークは実際には少しずつ別の種類と混ざり合って存在している。種類を増やすことで、対称性の「破れ」を鮮やかに導き出してみせた。
当時、クォークの想定は4種類で、しかも3種類しか確認されていなかった。単独の粒子として取り出せないこともあって、存在自体を疑問視する専門家さえいた。
小林さんと益川さんの理論の正しさは、01年までに米国の研究グループと、日本の高エネルギー加速器研究機構の実験によって確認された。
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2008/10/9 3人が受賞した研究・素粒子物理とは asahi.comより転載
3人が受賞した研究・素粒子物理とは
2008年10月8日3時2分 朝日新聞

物質とクォーク
私たちの身の回りのあらゆる物質を構成している最小要素は何なのか。
18世紀から19世紀にかけては、水素や炭素、酸素といった元素・原子が根源と考えられていた。しかし、この考え方が確立した後も、究極の素粒子を追い求める動きは絶えなかった。
19世紀末から20世紀前半にかけて、原子には中心にほとんどすべての質量を占める原子核があり、周囲にはマイナスの電気を帯びた電子が回っていることがわかってきた。
さらに、原子核はプラスの電気を帯びた陽子と電気を帯びていない中性子からできていることが判明した。
20世紀後半に入って実験技術が進歩すると、陽子や中性子、電子の仲間と見られる微粒子が100種類以上も見つかり、素粒子の概念も変更を余儀なくされた。
現在では、陽子や中性子はクォークと呼ばれる基本粒子が合わさってできた複合粒子で、クォークは6種類あることがわかっている。
素粒子物理学は、宇宙の起源を解明する宇宙物理学の基礎にもなっている。クォークや電子といった基本粒子は約140億年前、宇宙誕生の際の大爆発(ビッグバン)による大きなエネルギーが生み出したと考えられている。
究極の素粒子の本質を探る研究は、いまなお続く。物質がなぜ質量をもつのかを説明する理論も、実験で証明されたわけではない。
今年9月に始動した欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)が、こうした謎に迫ると期待されている。
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2008/10/9 物理学の予言者、半世紀前にアイディア提唱 南部氏 asahi.comより転載
物理学の予言者、半世紀前にアイディア提唱 南部氏
2008年10月8日3時2分 朝日新聞

渡米直後の南部陽一郎さん(前列右)。後列左端は02年にノーベル物理学賞を受けた小柴昌俊さん、その隣は65年に故・朝永振一郎博士らと物理学賞を受賞した故・リチャード・ファインマン博士=1953年ごろ、ニューヨーク州ロチェスター
「対称性の自発的破れ」の概念図
米シカゴ大学の南部陽一郎・名誉教授(87)は「物理学の予言者」と呼ばれる。
70年代後半、シカゴ大で師事した江口徹・京都大基礎物理学研究所長は「だれかが言い出す4、5年前に言い出しっぺになる。とても難解で、すぐには注目されないが、そのうち真価がわかってきて、広まる。流れが来る前に見通す能力は世界一だ」という。
南部さんは常々、「素粒子にはなぜ質量があるのか。生涯の研究テーマです」と語っていた。この「質量の起源」を解き明かすため、50年近く前に「対称性の自発的破れ」というアイデアを提唱した。
このアイデアは素粒子理論の世界にとどまらず、超伝導や磁石などの物理にも大きな影響を及ぼした。
質量の起源を探る壮大な実験も、この9月から、ジュネーブにある欧州合同原子核研究機関(CERN)の新しい加速器LHCで始まった。
「対称性の自発的破れ」とは、たとえば底が盛り上がったワインの瓶は上から見ると左右対称なのに、そこに小さな玉を入れると、玉は瓶底の中央ではなく、へりに近いくぼみに落ち込むようなものだ。瓶そのものは左右対称でも、玉まで含めた場合は「対称性」が失われている。
日常感覚では、このような現象は当たり前で、人間の心臓が常に左側にあるように、左右の対称性がそもそも失われている。だが、素粒子はすべての物質の最も基本となる構成要素だ。どこから見ても同じであるべきで、どんな状況でも「対称性」が成り立っていると信じられてきた。
しかし、南部さんは「素粒子の世界でも対称性が自然に破綻(はたん)するケースがありうる」と考えた。破綻するのは、対称性が失われた方がエネルギー的に安定する場合だ。一見、常識破りのこの考え方が、「質量の起源」を解き明かす研究の端緒となった。
素粒子の崩壊にかかわる「ゲージ粒子」は、物理法則から導かれる質量はゼロ。なのに、現実には、陽子の100倍近い重さがある。こうした理論と現実とのギャップを埋める役割を、南部さんのアイデアが担った。
いまの素粒子理論では、対称性が失われると、質量がゼロの粒子でも質量をもったかのように振る舞えると考えられている。また、電気抵抗がゼロになる超伝導のような性質も、対称性が破れたために生まれると説明されている。
南部さんは65年には、物質を形づくっている基本粒子「クォーク」に三つの異なった状態(色)があるとする理論を提唱。3個のクォークが強く結びついて1個の陽子や中性子になる理由を説明する「量子色力学」という新たな研究分野を切り開いた。クォークはその前年に「仮説」として登場したばかりだった。
70年には、クォークを「粒」ではなく「ひも」と考えるアイデアを発表した。これは、現在確立している「標準理論」を超え、より統一的に物質や力の根源を説明する究極の理論「超弦理論」の先駆けとなった。
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2008/10/9 湯船でひらめいた世紀の理論 ノーベル賞益川・小林両氏 asahi.comより転載
湯船でひらめいた世紀の理論 ノーベル賞益川・小林両氏
2008年10月8日3時2分 朝日新聞
小林さんと益川さんの2人は名古屋大理学部で物理学を学んだ。大学院では同じ坂田昌一博士の研究室に進んだ。坂田博士は湯川、朝永両博士と並び立つ日本の素粒子理論の「巨人」として知られる。
小林さん、益川さんはその後、京都大理学部で再会した。「また一緒に仕事をしましょう」。そう声を掛け合って、「対称性の破れ」という不思議な現象に取り組んだ。
研究室で議論し、自宅に帰って、また考える。益川さんが新しいアイデアを思いついて、小林さんに告げると「実験結果と合いません」と翌日には否定される。そんな苦難の日々が続いた。
益川さんは当初、当時発見されていた三つのクォークを一つだけ増やし、四つのクォークを使うことで「対称性の破れ」をどうにか説明しようと試みていた。だが、うまくいかない。
益川さんによると、六つのクォークモデルを思いついたのは、風呂に入っていた時のことだった。湯につかりながら、四つのクォークをあきらめようと思いたったその瞬間、六つにすればうまくいくとひらめいた。
「計算も何も必要なかった。その瞬間、自明であることが確信できた」。湯船から出た時には、小林・益川理論の骨格はもうできあがっていた。益川さんが論文を日本語で書き、小林さんが英語論文に仕上げた。論文は翌73年、湯川博士の提案で発刊した日本の英文専門誌「プログレス・オブ・セオレティカル・フィジクス」2月号に発表された。
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2008/10/9 ノーベル物理学賞、素粒子研究の日本人3氏に asahi.comより転載
ノーベル物理学賞、素粒子研究の日本人3氏に
2008年10月7日23時24分 朝日新聞

ノーベル物理学賞受賞を喜ぶ南部陽一郎さん=7日午前7時34分、米イリノイ州シカゴ、勝田敏彦撮影

ノーベル物理学賞受賞の喜びを語る高エネルギー加速器研究機構名誉教授の小林誠さん=7日午後8時4分、東京都千代田区、小林正明撮影

ノーベル物理学賞の受賞が決まり、会見する京都産業大の益川敏英教授=7日午後7時19分、京都市北区、山本裕之撮影
日本人のノーベル賞受賞者
物理学、化学、医学生理学各賞の国別受賞者数
スウェーデン王立科学アカデミーは7日、今年のノーベル物理学賞を、素粒子物理学の理論づくりに貢献した米シカゴ大名誉教授で大阪市立大名誉教授の南部陽一郎氏(87)と、新たな基本粒子の存在を共同で提唱した高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市)名誉教授の小林誠氏(64)と京都大名誉教授で京都産業大理学部教授の益川敏英氏(68)の日本人計3人に贈ると発表した。日本人が一つの賞で同時受賞するのは初めて。
日本人のノーベル賞受賞は02年以来で13、14、15人目。物理学賞は同年の小柴昌俊・東京大特別栄誉教授に続き、5、6、7人目。
賞金は1千万スウェーデンクローナ(約1億4千万円)で、南部氏に半分を、小林、益川両氏に4分の1ずつをそれぞれ贈る。授賞式は12月10日、ストックホルムである。
宇宙やわれわれは、いったい何からできているのか。人類はこの根源的な謎に、長年挑み続けてきた。3氏はあらゆる物質を形づくる基本粒子の研究で先駆的な理論を提唱し、現代の素粒子物理学の基礎を築いた。
南部氏の授賞理由は「対称性の自発的破れのしくみの発見」。物質をつくる素粒子になぜ質量があるのかという宇宙の成り立ちにかかわる根源的な謎を、素粒子の対称性が失われてしまうという現象から解き明かす考え方を61年に提唱した。その後の素粒子物理学の発展に大きな影響を与えた。
素粒子の質量を探る研究のほか、自然界に存在する力を統一的に論じるという現在の研究は、南部氏の理論を土台に発展してきた。素粒子研究の中で、南部氏はこれ以外にも、次々と斬新な考えを打ち出した。
小林氏と益川氏の授賞理由は、宇宙の成り立ちにかかわる「CP対称性の破れ」という現象が起きる理由を、73年に理論的に説明したことだ。両氏は、この不思議な現象を説明するためには、物質をつくる基本粒子「クォーク」が自然界に少なくとも6種類必要だと予言した。
この予言は、各種の実験でその正しさが確かめられ、いまの素粒子物理学の基礎である「標準理論」の柱に発展した。
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2008/10/9 「本当に光栄/言葉出ず/立証こそ重要」ノーベル賞3氏 asahi.comより転載
「本当に光栄/言葉出ず/立証こそ重要」ノーベル賞3氏
2008年10月7日21時12分 朝日新聞

ノーベル物理学賞を受賞し記者会見に臨む小林誠さん=7日午後8時7分、東京都千代田区、越田省吾撮影

ノーベル物理学賞の受賞が決まり、会見する京都産業大の益川敏英教授=7日午後7時20分、京都市北区、山本裕之撮影
〈南部陽一郎さんの話〉スウェーデンからの電話で知った。本当に光栄に思います。しかも、小林さん、益川さんと同時なのは非常にうれしい。この2人もいずれは取るに値すると思っていた。少し遅かったかもしれない。毎年のように記者が取材に来ているが、今年も特に期待していたわけではない。
◇
〈小林誠さんの話〉何を言ったらいいのか、突然の事で大変驚いています。ノーベル財団からの電話に、まったく予想していなかったので、ちゃんとした言葉が出なかった。突然、昔の仕事で賞をいただき奇妙な感覚です。大先輩の南部さんと同時に受賞でき、大変うれしく思っています。
◇
〈益川敏英さんの話〉大変、尊敬している南部先生の受賞が実現したのが、日本人として、一番うれしいです。(自身の受賞については)たいして、うれしくありません。02、03年の実験で、我々が言った理論が正しいと分かり、科学者としてみれば、それが一番重要でした。後のことは、社会的なお祭りのようなものでした。
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2008/10/9 ノーベル賞、南部・小林・益川3氏の略歴 asahi.comより転載
ノーベル賞、南部・小林・益川3氏の略歴
2008年10月7日20時36分 朝日新聞

文化勲章を受けた当時の南部陽一郎さん(左端)=1978年11月、東京都内
名古屋大大学院時代の小林誠さんと益川敏英さん=名古屋大学理学部提供

朝日賞受賞決定時の小林誠さん(右)と益川敏英さん=94年12月11日、朝日新聞東京本社、堀英治撮影
〈南部陽一郎さんの略歴〉
1921年 東京生まれ
23年 関東大震災後、父の郷里の福井市へ
37年 旧制福井中学(現・福井県立藤島高校)卒業、旧制第一高等学校入学
42年 東京帝国大理学部物理学科卒業
49年 大阪市立大理工学部助教授
50年 同教授
52年 米プリンストン高等研究所に招かれて渡米
58年 米シカゴ大教授
78年 文化勲章
85年 マックス・プランク・メダル(ドイツ)
86年 ディラック・メダル(イタリア)
95年 ウルフ賞(イスラエル)
2005年 ベンジャミン・フランクリン・メダル(米)
◇
〈小林誠さんの略歴〉
1944年 名古屋市生まれ
67年 名古屋大理学部卒
72年 名古屋大大学院博士課程修了、京都大理学部助手
79年 高エネルギー物理学研究所助教授、仁科記念賞
85年 同教授
日本学士院賞、米国物理学会J・J・サクライ賞
95年 朝日賞
97年 高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所教授
2001年 文化功労者
03年 KEK素粒子原子核研究所長
06年 KEK名誉教授
07年 日本学術振興会理事
欧州物理学会高エネルギー・素粒子物理学賞
◇
〈益川敏英さんの略歴〉
1940年 名古屋市生まれ
62年 名古屋大理学部卒
67年 名古屋大大学院博士課程修了、同大理学部助手
70年 京都大理学部助手
76年 東京大原子核研究所助教授
79年 仁科記念賞
80年 京都大基礎物理学研究所教授
85年 日本学士院賞、米国物理学会J・J・サクライ賞
90年 京都大理学部教授
95年 朝日賞
97年 同大基礎物理学研究所長
2001年 文化功労者
03年 京都産業大教授
07年 欧州物理学会高エネルギー・素粒子物理学賞
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2008/10/7 医学生理学賞に仏独の3氏 エイズウイルス発見などで 治療、ワクチンに道 【1】 他 m3.comより転載
医学生理学賞に仏独の3氏 エイズウイルス発見などで 治療、ワクチンに道 【1】 | ||
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治療や予防への貢献重視 【2】 | ||
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発見者めぐり激しい論争 HIV、仏米間で 【3】 | ||
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世界規模で予防対策進む 国内で若年層の感染増加 【4】 | ||
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2008/10/7 エイズウイルス発見の2博士らにノーベル医学生理学賞 他 asahi.comより転載
エイズウイルス発見の2博士らにノーベル医学生理学賞
2008年10月6日21時18分 朝日新聞

リュック・モンタニエ氏
フランソワーズ・バレシヌシ氏

ハラルド・ツアハウゼン氏=写真はいずれもノーベル財団提供
スウェーデンのカロリンスカ医科大は6日、今年のノーベル医学生理学賞を、フランスのリュック・モンタニエ博士(76)、フランソワーズ・バレシヌシ博士(61)と、ドイツのハラルド・ツアハウゼン博士(72)の3人に贈ると発表した。モンタニエ博士ら仏の2人はエイズウイルス(HIV)の発見、ツアハウゼン博士は人に子宮頸(けい)がんを引き起こすパピローマウイルスの発見が評価された。
現代人を苦しめるエイズ、子宮頸がんという二つの大きな病気の治療や予防研究の道が、ウイルスの発見によって切り開かれた。
賞金は1千万スウェーデンクローナ(約1億5千万円)で、受賞者で分ける。授賞式は12月10日、ストックホルムである。
モンタニエ、バレシヌシ両博士は83年、性交渉や輸血、母子感染などで感染した免疫不全症の患者からウイルスを分離することに成功した。
このウイルスは後にエイズの原因ウイルスと判明。「謎の病気」とされていたエイズの診断方法や治療法の開発、感染防止対策につながった。
ツアハウゼン博士は、83年に子宮頸がんの組織から、がんを起こすタイプのパピローマウイルスを発見した。
このウイルスは世界で年間50万人の女性が感染するとされる。子宮頸がんの99.7%がこの感染によるものと考えられている。
パピローマウイルスは、いまでは100種類ものタイプが知られ、このうちの15種類が、がんの発症のリスクを高めるとされる。(竹石涼子)
HIV発見者論争に決着 ノーベル賞に仏の2博士
2008年10月6日23時42分 朝日新聞
エイズウイルス(HIV)を発見したのはフランスか米国か。長年の発見者論争の最終決着をノーベル賞がつけた。
HIVは83年、仏パスツール研究所のモンタニエ博士らが新種のウイルスとして分離し、LAVと名づけて発表。翌84年、米国立がん研究所のロバート・ギャロ博士らが、独自にウイルスを発見してエイズの原因と特定したと発表した。
しかし、両者の遺伝子はそっくり。米チームの発見前に仏チームから試料が提供されており、「流用ではないか」という疑惑が持ち上がった。
特許紛争に発展したため、87年、当時のレーガン米大統領とシラク仏首相の間で、「米仏両者の貢献と権利は同等」ということで一度は政治決着。88年の日本国際賞(予防医学分野)はモンタニエ、ギャロ両博士に贈られた。
ところが89年、米紙が「第1発見者はモンタニエ博士」と調査報道し、論争が再燃。ギャロ博士は91年に英科学誌ネイチャーで「自分たちが発見したと思っていたのはフランスのウイルスが混入したもの」と敗北を認めた。
それでも米国にはエイズの原因と特定した功績がある。だが、カロリンスカ医科大は発表資料で、ギャロ博士らが見つけたのは「LAVと著しく似ている」とし、仏チーム単独の業績と判断した。(鍛治信太郎)






ドクター ご紹介 - http://kanja.ds-pharma.jp/health/yotsu/doctor/078/index.htmlから転載







腰痛の発生頻度や原因について教えてください。
上半身の重さは体重の約70%といわれています。その重さを支えているのが腰椎です。腰椎には椎体という骨の部分と椎間板という骨と骨の間に入っている部分があります。椎体は機械的な負荷により変形が進行し、また骨粗鬆症の進行とともに脆くなっていきます。椎間板も年齢とともに変性していきます。驚くことにこの変性は10歳の子供たちのすでに9%に起こっていると報告されています。治療を要する腰痛の発生頻度の調査では20歳代以上の年齢層ではほぼ同じくらい(40〜65%)で発生していることが報告されています。このような背景から近年、腰痛はもっとも有訴率が高い疾患になっています。大半の腰痛は数日間で治りますが、臀部痛や下肢痛を伴う腰痛は専門的な治療が必要になる場合も多いので注意しましょう。





